「・・・・・・!」
 思い切り伸びをした後で、体の中に新鮮な空気を送り込む。寝ぼけまなこで辺りを見渡すと、初夏の街中は溢れんばかりの活気で満ちており、太陽は少し西へ傾き始めていた。
 昨夜、酒場で意気投合した大地の妖精と呼ばれるドワーフ族とほんのちょっとだけ飲みすぎため、いつもより少々寝過ごしてしまったらしい・・・
 4台の大きめな荷馬車が街の中央広場で店を出している裏であたしは堂々と横になっていた。傍から見ると商売の邪魔以外の何者でもないかもしれないが、驚くなかれ、この商隊の隊長はあたしなのである。
 服についた埃を落として立ち上がり、肩にかかる自慢の栗色の髪を軽く整えてから、最近手に入れた桜色の小さな宝石のついた細身の剣を腰に差す。
 一応、売上の状況なんぞを確認して何人かに細かな指示を出した後で出かけてくる事を告げると、それを聞いた会計係の少女が一言、
「夕飯までにはちゃんと帰ってきて下さいね。御飯代だって馬鹿にならないんですから」
「・・・はい」
 重ねて言うがこの商隊の隊長はあたしである。

 自己紹介でもしておこう。
 あたしの名前はバスクェス。周囲からは‘バスク’とか‘姉さん’と呼ばれている。ちなみに姓は捨てた。それでも簡単に説明はしておくね。
 生まれはターミナル地方東部に位置する大国シード。その中でも有数の資産家の一人娘として生活には何不自由なく育った。教育に関しても小さな頃から歌、踊り、礼儀作法、他には家柄だけに商売、商法、物品の観察眼、営業スマイル等、よく分からないものまで一通り叩き込まれてきた。
 17歳の時、会った事もない貴族の息子とやらと結婚をする事になり、始めは金持ちの家に生まれた運命と考えていたものの、いつしか心の何処かで、
(自分の人生はこれで良いのか・・・?)
と、思うようになっていた。そして気が付いた時には家を飛び出していて、今に至る。幸か不幸か、英才教育と持ち前の根性のお陰で着実に資金を増やし、小さな商隊を組みながら、仲間達と共にターミナル地方全域を旅して回っている。家を出て10年以上が過ぎ、思い返せばかなり無茶な事をしたと思うが後悔はしていない。

 あたし達が現在、滞在しているのがこのサジタリウスの街。
 ターミナル地方のほぼ中央に位置するこの街は三方を大国に囲まれ、それらからは不干渉地帯とされている中央都市群の中でも最大規模を誇る自治領である。各地からの交易の要所であり、物品、人材、情報と様々なものが集まる。自分自身に能力と才能、そして希望があれば、どんな夢でも叶う街でもある。
‘夢は見るものではない、夢は叶えるもの’
 どこかの街の吟遊詩人がそんな歌を歌っていたっけ・・・
 
 あたしは賑やかな露店が建ち並ぶ中央通りから少し離れた常闇通りへ入る。
 名称は嫌な響きだが街自体の治安がそれほど悪くもないため、多少腕に自身があればそれほど問題はない。もちろん盗賊ギルドなんてものも存在しているが、あまりにも治安が悪くなるような事になれば街全体の利益が急落し、その恩恵にあやかる彼らにも悪影響が出ることは免れない。むしろ、可能な限り周辺の国や街に対して防衛網を広げているほどである。
 目的の場所は‘ある店’。店の名前がないため、‘ある店’としか言いようがない。店の外装はいつ崩れてもおかしくはないほど傷んでいるのだが、もう何十年も前からそのままの姿で店はあるらしい。
「こんにちは!婆ちゃん、いる?」
 訳の分らない物が数多く積み上げられ、整理整頓という言葉とは縁のない店内に入りながら声をかける。それにしても、いつもの事ながらカビ臭い。灯りも小さな蝋燭1つのため薄暗く、店内の暗さに目がようやく慣れた頃、店の奥で何かが動き出した。
「うるさいね、誰だい!?こんな真っ昼間から!」
 そう言いながら現れたのは小柄な妖怪・・・いや、1人の老婆である。
 彼女こそ、この店の主人である通称‘物知り婆さん’。外見は小柄で猫背。鉤鼻でいつも真っ黒なローブを着ており、捻じ曲がったいかにも妖しい杖を手にしている。まさに世間一般でイメージされている魔女(悪役)そのものであろう。
 実際にかなりの魔法の使い手でもあるらしいが、彼女の本当の偉大さは計り知れない知識にある。冒険者はもちろん、地位や身分に関係なく様々な者が彼女を訪れるが、気紛れな性格のため、ろくに会話も出来ずに追い返される事も多いらしい。その中でもあたしはわりと気に入られている・・・と思う。
「おや、バスクじゃないか。まだくたばりもせずにインチキな商売を続けているのかい?」
「・・・その言葉、リボンでもつけて返すよ」
 極めて、口と性格が悪いことを付け加えておく。

「今日は婆ちゃんに見て貰いたい物があって来たんだ」
 足元にある物を勝手にどかして腰を下ろし、持ってきた細身の剣を差し出す。ついでに鑑定料の小さな宝石と砂糖菓子も渡す。意外な事に甘党なのだ。
 さっさと鑑定料をふところに、砂糖菓子を口にしまい込むが剣の装飾である小さな桜色の宝石を目にした瞬間、彼女の目がすっと細くなる。
「・・・ほう・・・これをどこから盗ってきたんだい?」
「ちょっと人助けしたお礼に貰ったの。それと前から聞いてみようと思ってたんだけど、あたしの事何だと思ってるわけ?」
 持ち前の性格のおかげで損をする事や1ガメルの得にならないことはあっても人様から何かを奪うような事は決してしない。それは盗賊の仕事であり、商人の仕事ではない。もちろん、これはこの人の冗談だと理解はしているのだけど・・・

 あたし達がある街で上々の利益を出して、その村に立ち寄ったのは去年の秋も終り頃。その村は冬が近づくと大雪のために近隣の町や村からは隔離されてしまうらしい。当然、村では越冬のために事前に食料を確保するのだが、その年はあまり農作物の育ちが芳しくはなかった。事情を聞いて放ってもおけず、仲間達からの溜息と冷たい視線を浴びながらも可能な限りの食料を村に提供した。
 もちろん、村人からは感謝されたのだが、気になったのが帰り際に村長でもある大地母神に仕える女性老司祭の一言。
「野山の氷が溶け、桜の花が咲く頃に村を訪ねて下さい。その頃になれば貴女にお礼をする事が出来るでしょう」
 だが、街に戻ったあたしは冬の間は忙しくてその言葉をすっかり忘れていた。
 老司祭さまの言葉を思い出したのは毎年恒例の隊商全員が強制参加になっている桜の花見の席での事。夜明けまで飲み続けて起きているのが自分1人になり、もたれかかった夜桜を見上げた時である。
 その後、時間に余裕が出来たのであたし達は再び村を訪れた。その頃には村の桜は既に散っていたが老司祭は快くあたし達を出迎えてくれた。
 彼女は仲間達を残し、あたしだけを森の奥深くへと連れて行った。
 不思議な光景を目にしたのは道案内なしでは絶対に戻れない距離まで歩いた頃。鬱蒼と生い茂っていた木々が突然ひらけ、その中心に大きな桜の樹が満開の状態で咲き乱れていたのだ。不思議というより、不自然極まりない。
 しかし老司祭はあたしの考えなど無視するように桜の樹に近づき、天に短い祈りを捧げると樹の根元から装飾の施された細長い箱を掘り出した。
 そして微かに微笑みながら彼女はあたしに箱を差し出す。それを受け取り、ゆっくりと蓋を開けると中には柄の部分に小さな桜色の宝石が装飾された1本の細身の剣が入っていた。

「・・・ブロッサムという名の刀鍛冶を知っているかい?」
 剣を手に入れた経緯を目の前の老婆は黙って聞いていたが、突然ある人物の名をあげた。
 少しの間、出された名前について記憶をたどってみるが心当たりがない。そんなあたしの顔を見て、老賢者は溜息とともにその刀鍛冶についての説明を始めた。
 
 今は亡き、魔法と魔力が世の中を支配していた魔法王国の時代にブロッサムという名の女性の刀鍛冶がいた。刀鍛冶とはいっても彼女の作る剣は美しい装飾の施された儀礼用の物が大半であった。
 だが数多く作られたそれらの中で、飾り物ではない本物の剣が数本だけ存在していた。ブロッサムはそれを親しい友人への贈り物として作っていたとも・・・もちろんその特別な剣は普通の品よりもとても扱いやすく、不思議な力を宿していたらしい。
 
 老賢者からの説明とともに返された細身の剣を手にして、
「でも、どうしてそんな剣があの桜の樹の根元に?」
と、素朴な疑問を改めてぶつける。
「そんなこと知るかい。ただこれだけは言えるね。魔剣や宝剣と呼ばれる類の中には、人が剣を選ぶのではなく、剣が持ち主を選ぶことがあるってことさ・・・」
 想いもよらない返答に一瞬、狭い店内に沈黙が訪れた。
「・・・じゃあ、この剣はあたしをずっとあの木の下で何百年も待っていたって言うの?」
「何度も同じ事を聞くんじゃないよ!それよりどうするんだい?その剣を置いていくなら、高く買い取ってやるよ」
 その言葉に、思わず首を横に激しく振りながら断る。せっかくの宝物を取られてはたまらないとでもいうように剣を抱き締めながら。
 さすがに彼女は少々残念そうであったが、その分こちらは上機嫌である。
「まぁ、いいさ。珍しい物が手に入ったらまた来るといい」
 細身の剣をベルトに通して、立ち上がるあたしにそう声をかけてくれた。
「そうする。その時もまたお菓子、持って来るね」
 別れの挨拶を済まし、店を出かけたが気になることを思い出してもう一度店の中を振り向く。
「ブロッサムって人にそれだけの伝承が語り継がれているのなら、この剣自身に名前は付いてないのかな?」
「“千本桜”」
 すぐに返された返答はあたしの知らない単語だった。
「ブロッサムという名は海を越えた遥か東の国の言葉で桜という意味さ。ブロッサム自身が千本は作ったと言われる剣の中でも、その剣は本物。ゆえに“千本桜”」

 店を出た時には太陽が西の空へほぼ沈んでいたが、街のいたる所で灯りが燈され、昼間とは異なる賑わいを見せ始めている。そんな街中を軽快な足取りで仲間達のいる街の広場へと向かう。手に入れた剣の謎が明かされ、初めて聞いた異国の不思議な言葉があたしの心を明るくしていた。
‘夢は見るものではない、夢は叶えるもの’
 ブロッサムという人はどんな想いをこの剣に託していたのだろう?
 そして、数百年の時を越えてこの剣を手に入れたあたしの見る夢は?
 心地良い初夏の風が街中を通り過ぎ、何気なく夜空を見上げると細身の剣に飾られた宝石と同じ色をした桜色の小さな星が街を静かに見おろしていた。

題名:『千本桜』 完


坂井沢順さんのHPの1000ヒット記念に頂きました。
「イラスト、もしくは、短編でいいからふぁんたぢぃなお話」との
リクエストに応えてくださいました。
…このHPが「さくら」づくしなだけに、桜をモチーフにしたお話で。
このお話、アレクラスト大陸が舞台かと思ったら、違うそうです(笑)
じゃあ、どこなんだろう?? そもそも、SWだと思ってて
いいのか、これ??(笑)

ところで…一人称での物語って、私なんぞは書いてて途中で我に返ると
めっちゃ気恥ずかしくなったりして書けなくなるんですが…
そんなこと、ありません??


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