decision

 絶対に負けることのない人だと思っていた。今まで誰にも負けたことのない自分さえ、この人には全く歯が立たなかったのだ。圧倒的な強さを持っていた。
 だから、たとえどんな状況だろうと、何があろうと、絶対に負けない人だと思っていた。
 それなのに―――。

「俺に勝っといて負けんな」
「俺は、負けない」
 交わしたのは、そんな単純な言葉。
 言葉は魂を持つと言う。口に出してしまえば、それは現実になるのだと…この人は負けることはないのだと、そう信じたかった。
 それなのに、自分を待っていたのは、無情な現実だった。ゲームカウントだけを見れば、7−6、最後のタイブレークも、37−35という、あり得ないようなスコアだった。それだけ、激しい接戦を、死闘を演じていたのだ。
 だから、もしあんなことにならなければ、7−5でこの人が勝っていたはずなのだ。
 しかし。
 内容がどうであれ、結果は結果。「もし」なんて仮定も意味を成さない。
 この人は、負けたのだ。
 この人を最初に倒すのは、自分だと思っていた。そう信じて疑わなかった。いつかこの人が負ける時、その相手は自分。それは確定された未来だと思い込んでいた。
 だが、目の前の現実は違う。これが現実。自分以外の相手に負けたという、許し難い事実が全て。

「高架下のコートで言ったこと、覚えているか」
「はい」
 コートに戻った自分に彼がかけた言葉は、たった一言。
 忘れるわけがない。初めて同年代の相手に完敗を喫し、その後に言われた言葉。「青学の柱になれ」。…あの時は、とにかく強くなって、誰にも負けない強さを身につけて、みんなの中心となりみんなを引っ張るリーダー的存在になればいいのだと思っていた。
 だが、そうではなかった。それだけではダメなのだ。ただ強いだけではなく、何かこう、もっと別のものが必要なのだ。そのことがやっとわかった気がした。何がどう、とはうまく言えないが、自分の心構えと言うか、試合に対して、青学に対して、そして何よりテニスというものに対しての想い、そういった面でも「柱」でなくてはいけないのだ。
 そうでなくては、誰もついてこない。

 周りに同レベル、あるいはそれ以上の相手がいない者は、自分が一番だという錯覚に陥りやすい。上にいると下ばかりが気になり、上を見続けることを忘れてしまう。自分がそうだった。同年代の者を完全に見下していたし、上を見ようとしていなかった。自分が一番強いような気でいた。
 だが、そうではない。自分を負かした彼。
 「全国には強いヤツはたくさんいる」と彼は言った。自分が知らず知らずのうちに自惚れていたことを、彼は気付かせてくれた。周りを見ろと、上を見ろと、教えてくれた。
 そして同時に気付いた。自分はテニスが好きなのだと。親にやらされて始めたことだったけれど、いつしか自分自身、テニスを愛していたのだと。

 コートに入る。本来なら、あるはずのなかった試合。正規の五試合が引き分けに終わるなど、そうあることではない。皆の視線を感じる。絶対に負けられない。青学のために、彼のために、そして何より自分のために。
 ふと彼を見ると、いつもの顔で、いつものように腕を組んで、じっとこちらを見つめていた。
 その目が物語っている。絶対に勝てと、あの言葉を忘れるなと、お前の力を見せてみろと。
 自分が負ければ、ここで終わり。3年はここで引退となる。だが、負ける気はしなかった。自惚れなどではない。確かな自信を持って、勝てると思った。
 勝たなくては、というプレッシャーはない。彼の試合を見て受け止めた想いを、彼に見せてやろう。それだけだった。
 そして俺以外の相手に負けたことを、後悔させてやるよ。

 相手は右利き。そしてサーブは自分から。右手にラケットを持つ。先手必勝、度肝を抜いてやる! どちらにしろ奴らに勝ち目はなかったのだと、思い知らせてやる! あの人が負けたことに対するただの八つ当たりかもしれないけど、どっちにしろ自分達は勝っていたはずなんだから。あれだけの想いを抱えてここまで「柱」として皆を引っ張ってきた彼がいるんだから。俺たちが負けるはずなんかないんだ!

「下克上ってさあ…下位の者が上位の者の地位や権力を侵すことじゃなかったっけ?」
 確かに俺にとっての下克上は、今このコートの中にはないかもね。俺はアンタより強いから。
 しかし、自分とあの人との関係は…下克上に他ならない。いつか勝つ。勝ってみせる。今はまだ遥か上にいる彼に、いつか追いつき追い越してみせる。それが俺の下克上。
 まだ練習中で、ロクに成功したことのない零式を見せてやった。今回だけは完璧に決まる自信があった。
 …もっとも、バレバレだそうだけど。でも今はまだそれでいい。もともと自分の技ではないし。追いつき追い越すために、彼をもっと知りたいと思ったから練習してきただけなんだ。
 彼がどういう思いでこれを見たかは知らない。でも、ケガなんかで勝ち逃げは許さないという思いは伝わったハズだ。
 戦ってみたいだろ? 俺と、もう一度。一度と言わず、何度も何度も!
 そのたびに、成長していく俺を見せ付けてやる。アンタの言う「柱」も、しっかり引き継いでみせる。だから勝ち逃げは許さない。
 そしていつか彼に勝てた時、その時こそ、真に彼に相応しい人間になれるんだろう。

 だから、見てほしい。見ていてほしい。俺が出した答えを。

…また何を書いているんだか、私…。「これ以上増やさないもん!」という無駄な決意はやっぱりきっぱりさっぱりはっきり徒労に終わりました…。
だって、ねぇ…。やっぱりリョ塚(あるいは塚リョ)ファンとしては、氷帝戦の云々はいろいろ思うことがあるでしょう。そんなワケで、私なりのリョ塚・リョーマビジョン。
まぁ…この後にもいろいろ思うコトはあるんだけど(笑)

ひとつ言い訳。「下克上ってさあ…」のセリフ、本来はここじゃありません(笑) リョーマの零式は1ゲーム目で、このセリフは…2ゲーム目だったかな? でも何か、ここにブチ込んだ方がしっくりくるんだもん。
あー…タイトルの意味は別に説明の必要ないよね。「決意」。

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