負けた。 幼い頃にテニスを始め、試合で負けた記憶などほとんどなかった。中学に入ってからは、練習、公式を問わず、一度も負けたことなどなかった。 「負けないこと」に、「勝ち続けること」に、一体どれほどの価値があるのだろう。記録としてはそれなりの価値を持って残るだろうが、自分には何が残るのだろう。 負けることで得られるものも多い。だから負けたことそのものに関しては、さほど悔しさはない。 だが。 負けてはいけない試合だった。2年前の約束を果たすためには、何としても勝たなくてはならない試合だった。 肩に負担をかけてしまっていることは、わかっていた。そんなことをしていないつもりでも、無意識というものはある。それでも、大丈夫だと思っていた。 自分が勝てば、青学の3勝。それで終わりのはずだった。それなのに。最後の最後でもたなかった。 あと一球で勝てるというところで、肩に走った激痛。 耐えられなかった。耐え切れなかった。零式の回転もかけられなかった。肩が上がらない。ネットにかかったボール。とっくに、限界は超えていたのだ。 自分が率いるのだと、自分が全国へ導くのだと心に決めて、今までやってきた。それなのに。肝心なところで負けてしまった。他の試合はどうであれ、これだけは負けてはいけなかったのに…。 ケガのせい。と言ってしまうのは簡単だ。だが、たとえどのような理由があれ、負けは負け。 …肩を痛めてしまっては勝てないかもしれないことぐらい、わかっていた。このまま続ければ、将来に影響を及ぼすかもしれないことも。それでも、最後までやりたかった。やらなくてはいけないと思った。 もし無理をして将来がダメになったとしても、今棄権するよりはずっとマシ。今棄権してしまったら、将来どれほど活躍できたとしても、きっと後悔する。これは、今やらなくてはならないことなのだ。今でなければ、できないことなのだ。だから、やりたかった。もちろん、何が何でも勝つつもりだった。 それでも結局、負けてしまった。皆に迷惑だけかけて。…部長失格だ。 いつのまにかいなくなっていたアイツが戻ってきていた。 顔つきが違う。目の色が違う。 今は、こいつに全てを託すしかない。 「高架下のコートで言ったこと、覚えているか」 「はい」 全てを引き継いでいい時なのかもしれない。きっとこいつなら、「柱」としての役割を立派に果たしてくれるだろう。俺ができなかったことも、きっとやってくれる。そんな風に思うのは、自分勝手な独りよがりだろうか。 …いや、きっとわかってくれる。わかってくれている。2年前の自分とよく似た彼なら、きっと同じ思いを感じてくれる。 そして。思った通り、彼はめざましく成長していた。いつの間に練習していたのか、零式まで…。 かつてのアイツは、ただのコピーでしかなかった。今の零式も、もともとは俺が見せた技。だが、今のはもう、ただのコピーなどではない。他人の良いものを吸収するのは、基本中の基本だ。先へ進むために、更なる新たな一歩を踏み出すために、練習していたのだろう。 挑戦状を叩きつけられたような気がした。うかうかしていたら置いていくと。次は勝つと。 心臓が高鳴るのを感じた。 そうだ、勝ってみせろ。いつでも受けて立ってやる。もちろん、そう簡単には勝たせはしない。 …ああ。 やっぱり自分はテニスが好きなのだ。もっとプレイしたい。もっとコートに立ちたい。今からこんなケガを抱えていては、そう長くは続けられないかもしれない。 でも。 自分のライバルとなり得る相手がここにいる。その相手が、燃え滾るような闘志をぶつけてくる。挑戦的な目で見つめてくる。 いつか、自分に勝つ日が本当にやってくるかもしれない。 それを楽しみにしている自分に気が付いた。 新たなライバルの出現。 同じ道を、歩んでみたい。もう一度戦ってみたい。たとえ僅かな間だけだとしても、もう一度同じコートに立って、同じ時間を共有したい。 きっとそのたびに、新たな発見があるだろう。 そのためには、こんなケガなんかに負けるわけにはいかない。きちんと治して、もう一度コートに戻ってこよう。自分を目標としてくれる彼のために、そして何よりも自分のために。 だから。見せてみろ、お前の力を。俺のライバルとなり得る力を持っているのだと、証明してみせろ。俺をその気にさせてみろ。 俺は、負けない。 |
…リョーマビジョンを書いた時点で、部長ビジョンもあることは想像ついたと思います(笑) …はい、氷帝戦での云々、私なりのリョ塚・部長ビジョンです。 ちなみに、タイトルの「desire」ですが。表面的な意味で取ってください(笑) 「願望」でお願いします(笑) 決して、「欲望」とかましてや「性的欲望」の意味で解釈しないでください(笑) …ついでに、「願望」の中でも、特に「実現可能な願望」なんだそうです、「desire」って。 |