目覚し時計

 枕元に、1個の目覚し時計がある。一見何の変哲もない、掌に乗るサイズのものだ。試合で世界を転々とする間も、手塚はずっとその時計を持ち歩いている。もっとも、その時計が目覚しとして使われたことはない。
 だが、どこにでもありそうなその時計がただひとつ他と違う点は、それがリョーマからもらったものであるということだ。そのことが、目覚しとして使われない目覚し時計を持ち歩く理由になっている。
 手塚がプロになって最初のクリスマス。その日も、二人はそれまでと同じように、二人きりで過ごしていた。誕生日のプレゼントやクリスマスのプレゼント交換は、二人が付き合い始めてからずっと習慣のようになっている。リョーマの誕生日がちょうどクリスマスイブにあたるため、手塚の方は一度に2種類のプレゼントを用意しなくてはならないという苦労もあるのだが、誕生日は誕生日、クリスマスはクリスマス。誕生日プレゼントとして品物を用意し、クリスマスには食事やケーキ、といった形ではあったが、毎回、手塚は律儀に二つのプレゼントを用意していた。
 もっとも、リョーマにしてみればそれがどんな物であっても、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントをひとつにまとめられてしまっていたとしても、手塚が自分のために選んだ物とあれば喜んで受け取るのだが。それでも、手塚のその気遣いがリョーマには嬉しい。
 そしてその年、クリスマスプレゼントとしてリョーマが差し出した包みの中身がそれだった。

 受け取ったその場で包みを開けた手塚は、中から出てきたものに一瞬怪訝な顔をした。
「…何だこれは」
「何って、目覚し時計」
 見りゃわかるでしょ。と言わんばかりのリョーマの顔に、手塚は更に不思議そうな顔をする。寝坊癖があり遅刻魔のリョーマに対し、手塚は時間に正確だ。こういった物は、普通手塚の方からリョーマに贈るべき物ではないのか? 実際、付き合い始めた最初の誕生日にリョーマに目覚し時計を贈った記憶がある。
「ま、アンタは目覚しなんてなくても時間通りに起きるんだろうけどね。でも、これからアンタが世界を渡り歩くようになると、なかなか会えなくなるからさ。俺だと思って、持ち歩いてて」
 なるほど、確かに、よりにもよって寝坊癖のあるリョーマからプレゼントされた目覚し時計となれば、嫌でも見るたびに思い出すだろう。
 だが、リョーマが目覚し時計を選んだ理由はそれだけではないらしい。使用に関して、細かい注意がついてきた。
 寂しくて仕方のない時に使うこと。試しにアラームだけ聞いてみるのも禁止。絶対に他人に聞かれることのないように。
 そこまで言うからには、アラームに何か秘密があるのだろう。だが、それに関してはリョーマは悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。
 そんなわけで、目覚しとして使われることのない目覚し時計を、手塚はどこへ行くにも持ち歩いているのである。

 ふと枕元の時計を見る。今頃、何をしているだろう。元気でやっているのだろうか。
 リョーマも、手塚に少し遅れてプロとして歩き始めた。二人ともプロになってしまうと、これがまた意外になかなかうまく試合の日程を合わせられず、ここ数ヶ月全く顔を見ていない。電話で声は聞いているが、声だけで直接会えないというのはやはり寂しいものだ。
 一度気になりだすと止まらなくなり、「会いたい」という想いだけが募ってゆく。「寂しくてしょうがない時に使って」という言葉を思い出す。
 この時計のアラームで寂しさを癒せると言うのなら、癒してもらおうじゃないか。
 読んでいた本を閉じ、手塚は初めてその目覚しをかけて眠りについた。

『おはよう、国光さん。朝だよ、起きて』
 聞き慣れた、甘く囁くような声。
『まだ起きないの? ホラ、起きる時間だよ』
 うるさい。もっと寝かせてくれ…。夕べは遅くまで本を読んでいたんだ…。
『そんなに、起きたくなくなるほど良かった?』
 心地よく耳に響く声。
『じゃあ、今からもう1回しようか…』
 ……何だって!?
 手塚は、弾かれたようにガバッと飛び起きた。何故、ここにこの声が!?
 視界に飛び込んできたのは、例の目覚し時計。
『国光さん…』
 ガチャ!
 慌ててアラームを止めた。起きたばかりだと言うのに、心臓が激しく脈打ち、びっしょりと汗をかいてしまっている。
 手塚にもようやく合点がいった。あれだけうるさく使用法を指定されたのは、こういう理由だったのだ。アラーム音として好きな音を録音できる目覚し時計。リョーマはそこに自分の声を入れたのだ。
 だがそこまでは、手塚にも何となく朧げな予想はできていた。しかし、よりにもよって、熱く求め合った翌朝に決まって聞かされるセリフを入れることはないだろう!
 あんな言葉で起こされた後は決まって、ねだられて押し切られて結局朝っぱらから……。そんな体に染み付いた記憶と数ヶ月全く触れていないという事情もあり、条件反射のように体が反応しそうになってしまった。
「…ばか」
 こんなものを聞かされたら、余計に会いたくなる。
「責任は取ってもらうからな…」
 時計の向こうで人を食ったような笑みを浮かべて「まだまだだね」といつもの口癖を言っているであろう相手に文句を言ってから、手塚は日課の早朝トレーニングに出かけていった。

「お題」3作目は、第10問「目覚し時計」。
…「目覚し時計」っつーとやっぱり、真っ先に思い浮かぶのは「寝坊グセのあるリョーマに目覚し時計をプレゼント」なんですね。けど、そのネタはリョ塚に限らずリョーマ関係のカップリングではきっとイヤと言うほど使い古されていることだろう…。などと思ったら。逆はどうかな〜、なんて(笑)
じゃあ、リョーマからプレゼントするとして、その理由は何だろう?なんて考えてたらこうなりました(笑) …バカップルだ……。
…途中でウッカリ我に返ってしまい、あまりのバカっぷりにどうしようかと思いました…。一番バカなのはこんなの思いついて書いてる自分だという話。…いいんです。バカで。もう私のことは放っといてください…。

加筆修正の上、リョ塚本「Hold me tight !」に収録してあります。

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物書きさんに20のお題