夜逃げ

 学校が冬休みに入り、リョーマと手塚は二人で旅行に行くことになった。旅行と行っても、温泉地へのせいぜい2泊の簡単な旅だ。それでも二人きりで泊りがけででかけるのは初めてのことなので、どことなくうきうきしている。
 家族を説得するのは大変だった。商店街の福引で大当たりを引き当てたペアチケットだったのだが、さすがに未成年である学生二人での旅行には、どちらの家族も難色を示した。
 ところが、最初に許可を出したのは、意外にも手塚の祖父だったのだ。少々古風な考え方のある彼のこと、「可愛い子には旅をさせよ」という精神が働いたらしい。最大の影響力を持つ最年長者がそう言うのであれば、両親たちも納得せざるを得なかった。
 そういうわけで、二人はめでたく旅行を許可してもらえたのだ。しかし手塚には、そんな祖父が時々わからない、というのも本音ではあるのだが。
 出発は夜行バスのため、夜になってから電車で集合場所へと向かう。夜遅く、大きな荷物を抱えて電車に乗っている二人。もっとも、手塚の方は年齢を言っても信じてもらえないであろうくらいには大人びて見えるのだが。
 リョーマは、よっぽど嬉しいのだろう。シートに座って、幼い子供のように足をぶらぶらさせている。手塚も何度も注意したのだが、無意識の行動のようで、気が付くとやっているのだ。混雑していればともかく夜遅い時間で人もほとんどいない車内であるのに加え、嬉しい気持ちは手塚も一緒なので、もううるさく注意するのはやめて好きなようにさせている。
 しばらくの間、見るとはなしに外の夜景を眺めていた手塚だったが、ふとリョーマに目をやると、俯き加減で何かを考え込んでいるように見える。どうしたのか、と手塚が問おうとした時、リョーマがふと顔を上げた。
「なんかさ…こうしてると、夜逃げみたいだよね」
 思わぬ言葉に、一瞬手塚は面食らう。夜逃げと言うと、借金などの理由でそこに住み続けることが困難になった者が、夜のうちに人知れず姿を消すというアレだ。一体この帰国子女は、どこでそんな言葉を仕入れてくるのか…。
「何を言っているんだ…。家族だって行き先は知っているんだぞ」
「でもさ、俺らの関係は知らないでしょ。ただの仲のいい先輩・後輩じゃないってこと」
「……」
 リョーマにも、多少の不安なり後ろめたさなりはあるのだろう。互いに男であり、互いに一人っ子である。関係が知られれば、何を言われるかわからない。
「ホントに夜逃げしちゃおうか」
「…何をバカな…」
 冗談めかした口調ではあるが、その裏に隠れたリョーマの気持ちは手塚にもわかる。わかってしまうだけに、いつものように強く諌めることができない。
「ウソ。冗談。そんなことしないよ。今すぐじゃなくても、ちゃんと認めてもらう。あんまり悲しませたくないしね」
「越前…」
「変なこと言ってゴメン。とりあえずさ、せっかくの二人きりの旅行なんだから、楽しもうよ。ね」
「ああ…」
 重苦しくなってしまった空気を打ち消すように明るい声を出すリョーマだが、先ほどのリョーマの言葉がまだ引っかかっているのか、手塚の顔は晴れない。
「じゃ、訂正。夜逃げじゃなくて、新婚旅行」
「……は?」
「だから、新婚旅行。二人きりの初めての旅行だもん。婚前旅行でもいいけど」
「…バカを言うんじゃない…」
 本当にこの帰国子女は、どこでそんな単語を仕入れてくるのだろう…。
「ねえ、もしかして、照れてる?」
「うるさいっ!」
「やっぱり照れてるんだ。顔赤いよ」
 更に怒鳴りつけようとした手塚だが、公共の場であることを思い出し、更にリョーマのいつもの不敵だがどこか楽しそうな顔を見て、出かかった言葉を飲み込んだ。手塚の気分を浮上させるための、リョーマなりの気遣いでもあるのだろう。
「まったく…」
「大好きだよ、手塚さん」
 手塚はそれには答えず、そのまま窓の外に目をやった。リョーマも同じように、外に視線を向ける。先のことはまた、その時に考えればいい。今はとりあえず、せっかくの旅を楽しもうではないか。

お題7作目は、第5問の「夜逃げ」。一部のセリフだけはだいぶ早い段階で思い浮かんでいたんですが…話としてまとまるのに時間かかりましたね…。だから最近の私、時間が足りないんです…。時間をください…。1日せめてあと6時間ください…。あぁ。
私は基本的に幸せでラヴラヴでハッピーエンドなのが好きなんで、実際に夜逃げはして欲しくありません。二人はそれでも幸せかもしれないけど、周りが不幸になるでしょ。…ってソレは夜逃げっつーより駆け落ちか(笑)
てか、二人の関係については、絶対両方の母親は感づいてそうな気はするんですけどね(笑) 特に部長のお母さん…あの人は侮れない(笑)
…さて…そろそろ、ネタの出にくい題が残ってきましたね…。一言のセリフだけでも思い浮かんでいるものは、あと4つだけ…。

加筆修正の上、リョ塚本「Hold me tight !」に収録してあります。

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物書きさんに20のお題