鉄棒

 家の近くの公園。この年になってはもう公園で遊ぶことなどもなく、まるっきり疎遠になってしまっていた。その懐かしい公園に久々に足を運んだのは、何となく気が向いたというだけで、特にこれといった理由はない。
 公園の中の様子は、数年前と全く変わらない。遊具の色が変わったのと、錆びが少し多くなった程度か。この公園には、高さの違う鉄棒がある。リョーマは、足の向くままにその鉄棒に歩み寄った。
 今でこそ、自分の胸ぐらいまでの高さしかない鉄棒だが、中学生の頃の自分の身長とほぼ同じ高さだ。改めて見てみると、随分と小さかったものだと思う。
 そして、その隣には、今の自分と同じくらいの高さの鉄棒がある。それはつまり、当時の…中学生の頃の手塚と同じくらいの高さだということだ。思い切り見上げなければ視線を交わすこともできなかった身長差も、いつの間にかほんの数センチまで縮まっている。
 それでも、年齢は追い越したのに、身長はまだ少し足りないのだ。まだ成長期は続いている。まだ伸び続けてはいるから大丈夫。きっと追いつける。一体何度、そう自分に言い聞かせたことか。しかし、自分の身長が伸びるにつれ、まだ成長期の終わっていない手塚もやはり、少しずつではあるが伸び続けている。
「絶対アンタの身長追い越すから!」
 そんなことを、何度言ったかわからない。現時点でまだ少し差があることを思うと、本当に追い越せるのかどうか、少し不安になってくる。
 何もかもが、手塚に負けたままだ。年齢はどうやったって、追いつくことさえできない。テニスでも、まだ勝ったことがない。多少いい勝負はできるようになってきたが、それでも軽くあしらわれている感がある。それならせめて、とりあえず身長だけでも…と思っていたのだが、二年前の手塚と今の自分を比べると、僅かに自分の方が低いのがリョーマは気に入らない。
「このまま、何も敵わないままなのかなぁ…」
 鉄棒に凭れかかり、リョーマは溜息をついた。夕日を浴びた影は、長く伸びている。ここまで伸びたら、さすがに伸びすぎだよなぁ…などと少々間の抜けたことを考えていると、長い影がもうひとつ、近づいてきた。
「何を物思いに耽っているんだ?」
 少しからかうような、聞き慣れた声に振り返ると、見慣れた顔が「似合わない」と言っている。
「別に」
 何となく面白くなくて、返事は少し素っ気無くなってしまったかもしれない。
「別に、という顔ではないな」
 何でもないフリをしていたのに、見透かされている。こういうところが敵わないのだろう、とリョーマは思う。観念したように、口を開いた。
「俺って、チビだったんだね…」
「?」
 唐突な言葉に、意味がわからない、という顔で手塚がリョーマを見つめる。リョーマは、自分が凭れている鉄棒を示してやる。
「この鉄棒。アンタと出会った頃の俺と、同じくらいの高さなんだよ」
「そうか」
「ちなみに、その頃のアンタはこっち。今の俺と同じくらい」
「よく覚えているな」
 表情の変化の少ない手塚だが、それだけに、こういう時にふと見せる笑顔は思わず見とれてしまう魔力がある。それもまた癪なのだが、惚れた弱みとでもいうものか。
「でもアンタは、それより更に高くなってる。それがちょっとむかつくなー、ってね」
「俺のせいじゃないだろう」
「そりゃわかってるけど…」
 まだ少し見上げる視線。昔のようにあからさまに見下ろされることはなくなったが、それでもまだ少し目線を下げているのがどうにも悔しい。
「俺、いつまでも負けっぱなしじゃないからね。身長だってテニスだって、絶対アンタを追い越してみせるから」
「目標は俺だけか? 視野が狭くはないか?」
 言葉に反して妙に嬉しそうに見えるのは、きっとリョーマの気のせいではないだろう。だからリョーマも、素直な気持ちを言葉にする。
「いいの。アンタは世界そのものだから。アンタに勝つことが、世界に勝つことだから」
 手塚は顔を赤らめて視線を逸らす。こういう照れ屋なところは、昔とちっとも変わらない。
「よくもまあ、そういう歯の浮くような言葉が出てくるものだな…」
「だって俺、アンタにメロメロだもん」
 そして二つの影は、ひとつに重なっていった。

 そう言えばここは、あの日…初めて二人の想いが通い合った場所だったのだ。あの日も、夕日がこんな風に長い影を作っていた。

あんなこと言ってますが、私の中では最終的には部長186センチ、リョーマ183センチです。勝てません(笑) …でも…中3時点で179センチだと、成長期終わるまでにあと7センチしか伸びないってことはないかな…。もっと伸びるのかな…。でも190超えたら成長しすぎのような気がしてなぁ…(笑)
でも、中3当時の私(約165センチ)が見上げてた同級生…今184センチだって言ってたからなぁ。まあ、こんなモンでいいのかな。…別に、英治が186センチだから部長も186センチ、なんて言ってるワケではありませんから。決して。ええ。
…ところで、「あの日」って、いつだろう?(笑) 何か、自分の中で自己完結してますよ。

戻る


物書きさんに20のお題