日曜日。どういうわけか手塚は、越前家の台所に立っていた。背後では、リョーマが頬杖をついて手塚の後姿を眺めている。 手塚がリョーマからの電話を受け取ったのは、2時間ほど前のこと。風邪をひいて熱がある。家族はみんな出かけてしまってて、家には誰もいない。お腹がすいてきたけど、食べるものも何もない…。 そんな内容で、呼び出されたのだ。手塚としては、まがりなりにも一応恋人関係にあるリョーマにそんなことを言われてしまっては、放っておくわけにはいかない。そういうわけで、適当な食材を見繕いつつリョーマの家にやってきたのだ。 が。 電話を受けた時のリョーマの言葉から、起き上がれないほどの熱を出しているものと手塚は思っていた。それほどの熱を出すとは珍しい…。そんな風に思い、相手が病気の時ぐらいは甘やかしてやってもいいか、とリョーマの望むままにリョーマの家にやってきた。 それなのに、手塚が越前家の呼び鈴を押し、玄関の扉を開けるのと同時に、リョーマが飛びついてきたのだ。 家に誰もいないというのも、熱があるというのも、食べ物がないというのも、確かに嘘ではなかった。 だがしかし。 「お前…風邪で熱を出して寝込んでいるのではなかったのか…」 思わず思い切り顔をしかめてしまった手塚に、リョーマはしゃあしゃあと「誰も寝込んでるなんて言ってないっスよ」などと勝ち誇った顔で言い放った。実際、熱を計ってみれば「微熱」と呼べるもので、手塚としてはまんまとハメられたような気がしなくもない。 それでも、せっかく来たのだし、何よりリョーマの喜びようがただごとではない。やはり体調が悪い時というのは、一人でいるのが多少なりとも心細くなるものなのか…。ここまで素直に喜ばれると、手塚としても悪い気はしない。なので、多少、釈然としないものは残るが、食事ぐらいは作ってやることにしたのだ。 尤も、手塚自身、家で日常的に料理をするわけではないので、何が出来上がるかわからない、という但し付きではあるのだが。 「アンタ、意外に器用なんスね」 テーブルに並べられた食事を見ながら、リョーマは感嘆したように呟いた。メニューは、ご飯、味噌汁、納豆、そして茶碗蒸し。茶碗蒸しはリョーマの強い希望によるものだ。 「見よう見まねだからな。味は保証しないぞ」 手塚はそう言うが、なかなかどうして、見るからに美味しそうだ。 「それじゃ、いただきまーす」 早速納豆を開けようとしたリョーマが、ふと手を止めた。リョーマが手にした納豆の容器には、賞味期限として2日前の日付が記載されている。 「…コレ、期限切れてるっスよ」 「ああ…何日か前に母が期限間際の安売りで買ってきたらしい。まあ、賞味期限なんて2〜3日くらいなら過ぎても案外平気なものだしな」 それに納豆なんて、もともと腐っているようなものだし。 「アンタのとこって…そういうトコけっこう大雑把なんスね…」 「生活の知恵と言ってくれ。…お前は気にするか?」 「別に。ウチだって、そんなもんっスよ。ただ、アンタのとこもそうだってのが意外だっただけ」 それにしても、期限間際で買ったものが数日間残っているとは…。 リョーマは、答えながら手塚の母や家の様子を思い浮かべていた。こういうのはきっちり管理していそうな雰囲気だったのに…案外、細かいことは「まあ、いいか」で済ませてしまう人たちなのかもしれない。 冷静に考えれば、病人に賞味期限の切れたものを食わせるのか、と思わなくもないが、自分の家でもやることだし、実害がなければまあ、どうということはないのだ。 ふと手塚の様子を窺ったリョーマは、ちょっとしたイタズラを思いついた。 「アンタには賞味期限なんてないけどね。いつだって新鮮だよ」 「…またそういうことを言う…。くだらないことを言ってないでさっさと食え」 ニヤリ、という表現がぴったりな顔でとんでもないことを言い出すリョーマに、手塚は心底呆れた顔で言葉を返す。リョーマがこういう顔をする時は、ベッドの中でのことを指して言っているのは明白だ。 「はーい」 聞き分けのいい返事をしつつ、リョーマは言葉の遣り取りを楽しんでいる。 以前はリョーマのこういうセリフに対して、手塚はこれ以上ないくらい真っ赤になって怒ったものだが…さすがに慣れてきたらしい。ムキになって怒ればリョーマを楽しませるだけだとわかっているのだろう。それでもまだ、見てわかる程度には顔を赤くしているのは可愛いと思う。 「どうだ?」 リョーマの食事を見守っている手塚が少々不安げに尋ねてくる。 「うん、すんごいウマイっス。俺の母さん、ほとんど和食作ってくれないからさ…手塚さん、うちに嫁に来て俺のためにメシ作ってよ」 「…バカか、お前は……」 呆れる手塚を他所に、嫁云々はともかく毎日こういう食事ができたらいいのに…と心底思いつつ、リョーマは食事を終えた。 「ねえ、手塚さん」 「…何だ」 「来てくれてありがとう」 リョーマがそんな風に素直に礼を言うのもまた珍しいことなので、手塚は一瞬面食らってしまった。その隙をついて、リョーマがすかさず手塚の唇を奪う。 「ごちそーさま」 「…っ…!」 直後、「いい加減にしろ!」という怒声と共にリョーマが自室のベッドに強制送還されたことは、言うまでもない。 |
「お題」その4は、第16問の「賞味期限」。 ある意味、ありがちなネタですが。…バカですねー。バカップルですねーー。はい、バカです。(私が) ちなみに私は、賞味期限切れ1週間以内の牛乳は紅茶に入れて飲んじゃいます。1週間超えるとさすがに躊躇するけど。(でも未開封だったのを開ける分には、1週間でも躊躇しない) …いつかお腹こわすだろうか…。 でも納豆は…あんまり過ぎるとニオイがね…アンモニア臭がするんだよね…。 ついでに、そろそろ気付いていると思いますが。この「お題」シリーズ、時間の流れは順不同です(笑) 更に、リョーマの部長の呼び方。「目覚し時計」の時は「国光さん」だったんですね。ここでは、「手塚さん」ですね。…私の中では、時間軸によって呼び方が違うんですよ(笑) 「部長」→「部長/手塚さん」→「手塚さん/国光さん」と変化していくの。…よくわかんないな…。ま、いっか。 |