地獄耳の不運

 その日は、特に静かな夜だった。ようやくルカ・ブライトを倒したというのに凱旋気分に浸る者は少なく、皆、休息を欲していた。何より、盟主である少年自身が真っ先に倒れてしまったくらいだから、祝勝会などできようはずもなかった。
 その夜、見張りの当番となっていた新米の元赤騎士は、居眠りをする同僚を起こそうとして、何かの呻き声を聞いた気がした。
「…?」
 耳をすませてみる。
「……ぁぁ……ぅぅ……」
 空耳ではない。やはり、どこからか声が聞こえてくる。
(一体、何処から…何の声だ…?)
 訝しみ、そのフロアを少し歩き回るうち、その声はどうやら元騎士たちが敬愛してやまない、二人の元騎士団長の部屋から聞こえてくるらしいことがわかった。
(まさか、お二人に何か!?)
 様子を窺うために、扉に耳を押し付け、聞き耳をたてる。そして聞こえてきた声に、彼は思わず大声をあげそうになった口を、慌てて押さえた。
 深呼吸で気持ちを落ち着かせ、もう一度聞いてみる。そこから聞こえてきたのは…。
『んっ…あぁ……マイ…クロ…トフ……っ』
『カミュー……!』
『あっ…あぁ……んぅっ!』
『カミュー…愛している』
『んぁっ…あ…俺、も…愛、して…っ……はっ…あぁ…っ…』
 何なんだ、これは!? どういうことだ!?
『マ…マイ、クロ…トフ……ちょっ…待っ……』
『ん、どうした?』
『そ、外に…聞か…れ…たら……』
『大丈夫だ』
『あぅっ…も……あぁ……やぅっ……あ……だ…め……ん……っっ!!』
 ギシ、ギシ、と何かが軋む音と共に発せられる、元赤騎士団長の甘い声。
 まさか…まさか……まさか………!!!
 瞬間的に頭に浮かんだ、一糸まとわず抱き締め合う二人の姿に、彼は思わず股間を押さえた。
(どっ……どうしよう……)
 沸き起こりかけた熱をどうにか鎮め、彼は、このことは誰にも言うまいと決意した。

「おい、どうした? 元気がないな」
「えっ? …いえ、何でもありません」
 それから数日、彼は知ってはならぬものを知ってしまった苦行に、耐えかねていた。先輩騎士が心配してくれるのはありがたいが、今は自分のことなど放っておいてほしかった。でないと…言ってしまいそうになる。
「何だ、溜まってるのか?」
「そっ、そんなことではありません!」
 にやにやと問う先輩に対し思わず声を荒げる。
「悩みがあるなら、相談にのるぞ? 俺も騎士だ。秘密は守る」
 そして、彼の我慢は限界に達した。
「あの…カミュー様とマイクロトフ様のことなんですが…」
「お二人が、どうかしたのか?」
「いえ、その…数日前、ルカ・ブライトを倒してお帰りになられた日です。夜の見張りの当番だったのですが…」
「何かあったのか!?」
「それが、その…お二人の部屋から、あ、喘ぎ声のようなものが…」
 たっぷり十を数えるほどの沈黙。
「……は?」
「いえ…ですからその……お二人の部屋から、カミュー様の喘ぎ声と、お二人の睦言が……」
「なっ、お前、お二人が夜毎そのような行為に及んでいるとでも言うつもりか!?」
「誰も、夜毎、とは……。私も、聞いたのはその日一度だけですし…」
 もっとも、それ以来まだ夜の当番は担当していないが。
「しかしなあ、お前…滅多なことを言うものではないぞ。我らの団長が、だな、その…そのような関係だ、などと…」
「いえ、でも…聞いたのです。確かに」
「…お前、次の当番は?」
「は…今日ですが……」
「よし、俺も確かめる」
「………は?」
「それが事実であるか否か、はっきり確かめないと、お前も寝覚めが悪いだろう」
「いえ、ですが、しかし……」
「今日の当番はお前と誰だ? 俺が代わってやる」
 どうやら、本気らしい。

 そして、その夜。先輩騎士と二人、フロアの警備につく。
 それにしても…と思う。たとえ二人がそのような関係になっているとしても、まさか毎晩そのような事に及ぶということもないだろうし、今日たまたまそうなるとも限らない。先輩は、そのことをわかっているのだろうか…。
 夜半過ぎ。
 二人の関係について思い悩んでいたことによる連日の睡眠不足がたたって、うとうととしかけた耳に、また妙な声が聞こえてきた。
「!」
「どうした?」
「今…声が……」
「声?」
 先輩騎士が耳をすます。が…。
「何も聞こえないぞ?」
「……」
 そっと扉に耳を押し当てる。
『んあっ…! あっ…あぁ……』
 弾かれたようにその場を離れ、口を押さえて壁に寄り掛かる。その様子を見て、先輩騎士も扉に耳をつけて聞き耳をたてた。
『あっ…あ……マイクロ…トフ……』
『カミュー…カミュー……!!』
『やっ…あぁ……んっ……あっ……そ…こ……も…ぅ……』
「これは……」
 二人、顔を見合わせる。
「マイクロトフ様も…奥手だと思っていたが、意外とやるもんだ…」
「そういう問題なんですか!?」
 自分たちの団長が、同性愛の行為に及んでいるというのに!?
「…お前、今までお二人の様子を見てて、何も感じなかったのか?」
「……は?」
「まあ、お前はまだ騎士になって日も浅かったし、お二人を間近で見ることも少なかったはずだから、気付かなくても仕方ないが…」
「どういう…ことです?」
「お二人は、これまでも『親友』として絆が深かった。だがな…お二人が互いを見る目は、絶対に親友以上のものがある、と…皆噂していたのだぞ」
「そ……そうなんですか?」
 呆気に取られる後輩に向かって、更に追い討ちをかける。
「今まで何もなかったのが不思議なくらいだ。いや、もしかしたら俺たちが気付かなかっただけかもしれんが…」
「………」
「…それよりも、お前…よくこんな小さな声が聞こえたな…」
「はあ…昔から、耳だけは良くて……」
「まあ……不粋なことはせずに、暖かく見守ってさしあげようではないか」
「はぁ………」

 それから更に数日後、二人の関係については、同盟に参加した元マチルダ騎士たちの間では公然の秘密となっていた。その事実に顔を顰める者もいたがそれは小数派で、大多数は、ようやく結ばれた二人に、感涙に噎んだという。
 そして、その様子に「何かが違う…」と呟いたごくごく常識的な思考の持ち主の若い赤騎士は、自分の地獄耳とたまたまそんな日に当番になってしまった自分の不運を呪うこととなった。

これだけだと、よくわからないと思いますが、恐らく私の最初の幻水本となるであろう話の、裏話です(笑) 本編をせっせと書いてた時に、「…待てよ。 あのフロア、二人の部屋のすぐそばに赤騎士が立ってたよな。てことは……(以下略)」とふと思いまして。本編の触りの部分も、近いうちに上げたいと思います。本になるのは、早ければ冬混みかな?
こういうのは、エロというほどのものではないとは言え、書いてる途中で我に返ってはいけません(笑) おかしいなぁ…。夜は全然平気で書いてたのに、昼間になるとこっぱずかしいや(笑)
しかし…地獄耳とは言えそんな声が聞こえるほど、壁は薄いのか?(笑)

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