ピンクの憂鬱

「ふぅ……」
 同盟軍本拠地のレストランのテラスの一角。秋晴れの澄み切った空にあまりに不釣合いな溜息を繰り返す青年がいた。
 元マチルダ赤騎士団長、カミューである。
 カミューは、何か考え事があると、決まってこの場所を訪れる。外の風に当たり、暖かな日差しに包まれていると、心が落ち着く。良い気分転換にもなり、考えもまとまりやすいのだ。
 そしてその日も、部屋に篭ってばかりでは湿っぽくなりがちな思考を方向転換させるために、このお気に入りのテラスを訪れていた。
「ふぅ………」
 また溜息。己の吐息がカップに満たされた紅茶を微かに揺らすのを、見るとはなしに見つめている。
「どうしたものかなぁ……」
 カミューは、悩んでいた。それも、ひどく深刻に。
 その物憂げな表情が、女性の目にはまた儚げで魅力的に映るらしい。レストランのウエイトレスを初め、たまたま居合わせた同盟軍の女性たちも、そんなカミューを見ては羨望の吐息を漏らしていた。当然、彼女たちはカミューの悩みの内容など知る由もない。だからと言って、こんな時のカミューに何があったのか、などと聞ける勇気は誰も持ち合わせてはいなかった。例え尋ねたところで、カミューはすぐにその表情は消し、いつもの笑顔に戻ってしまうだろう。
 そんなわけで、カミューは誰にも邪魔されることなく、一人物思いに耽っていた。

 事の起こりは、前の晩。その日も、カミューはマイクロトフと体を重ねていた。
 このところ情勢が比較的安定しており、しばらく遠征に出ていない。盟主の少年も、船着場で釣りを楽しんだり、特に親しい者を連れて近くの村まで散歩したりと、のんびり過ごしている。お陰で、カミューもマイクロトフと過ごす時間が格段に増えた。それは本来喜ばしいことである。
 だが、ひとつの弊害があった。
 もともとマイクロトフは生真面目な人間であるし、カミューもそのあたりの機微はさほど期待してはいなかった。だが流石に、毎回のことでは飽きも来る。
(…ほんの少し、手順を変えてくれるだけでもいいのに…)
 既に、カミューの体は、マイクロトフの癖を熟知してしまっていた。次にどこを触れてくるか、自分の中で、彼がどういう動きをするか…。いつも変わらないのは、確かにマイクロトフの腕の中にいるという安心感もあるが、逆に「またか」という倦怠感も生む。
 そしてとうとう昨夜、その「またか」が来てしまったのだ。
 決して下手なわけではないのだが、だからと言ってマンネリ化してしまっては意味がない。もっと研究なり工夫なりしてほしいものだ。
 しかし彼に直接そのようなことをズバリ言ってしまえば、真剣に悩んでしまって逆に触れてくれなくなるかもしれない。カミューが積極的に挑発すればそれなりの反応はあるが、やはり自分だってマイクロトフにもっと翻弄されてみたい。
 あの堅物をその気にさせるには、一体どうしたらいいのだろう…。

「…こちらにおいででしたか」
 不意に、カミューの思考を遮るように声がかかった。その声と口調は、耳によく馴染んでいる。極秘任務を命じてある部下の一人だ。
「…なんだ、クリストファーか」
 振り向きながら名前を呼ぶと、呆れたような口調で「なんだとはご挨拶ですね」と言いながら報告書を差し出してきた。丁寧にまとめられた報告書からは、彼の相変わらず真面目な性格が窺える。
 受け取った報告書にざっと目を通していると、普段は無言のままチェックが終わるのを待っているはずのクリストファーが、遠慮がちに話しかけてきた。
「…何かお悩みですか? そのような顔をされては、部下達の士気にも影響します」
「士気が必要になるようなことは、まだ当分起きないよ」
 どこから見ていたのか知らないが、少なくともカミューが溜息を繰り返すのを彼は見ていたらしい。自分が悩んでいた原因を思い出してしまったカミューの口調は、自然と素っ気無いものになる。
「またそのようなことを…」
「座らないか?」
 相変わらずだ、と言いたげなクリストファーを制し、カミューは自分の正面の席を示して座るように促した。ふと、彼に話してみよう、という気になったのだ。本来誰にも相談できない悩みではあるが、彼なら入団の頃からかなり親しい友達づきあいがあったし、自分とマイクロトフのことも理解している。話を聞いてもらうだけでも、自分ひとりで悩むよりはマシだろう。
「…では、失礼致します」
 そう断りを入れて、クリストファーはカミューの正面の席に腰を下ろした。


続く。

えーと……キリ番の申告及びリクエストを頂いてから、だいぶ経ってしまいまして……。いい加減時間が経ちすぎてる気がしたので、とりあえず書けた部分だけを先に……。
自分的には、本来全く分割するような長さにはならないハズなんですが……。あぅあぅあぅ。sonopi様、ごめんなさいぃ……。
というワケで、続いちゃいます。こ、この続きは、近いうちに必ず……。(バタリ)

…てゆーか、「クリストファー」って誰ですか?(笑)

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