星降る夜に

「星を見に行こう!」
 既に冬の気配が漂っている晩秋の夜更け、窓の外を眺めていたカミューが徐にそんなことを言い出した。既に時刻は真夜中を過ぎている。 カミューが突拍子もないことを言うのは別に珍しいことでもないが、この時ばかりはさすがにマイクロトフも驚いた。
「…こんな時間にか?」
「こんな時間だからだよ。夜でなければ、星なんて見えないだろう?」
「それはそうだが…」
「それに、今年は月明かりもないからね。星を見るには絶好のチャンスなんだ」
 本格的な冬までにはまだ間があるとは言え、既に夜はかなり冷え込むようになっている。わざわざ出かけてまで見に行く必要などあるのだろうか…。
 あまり乗り気でない様子のマイクロトフを気にするふうでもなく、カミューはせっせと準備を進めている。夜露を避けるための敷布、防寒のための毛布、そして何故か枕…。
「一体どこまで行く気なんだ?」
「ここでは明るすぎるし、建物も邪魔だ。もっと開けた、暗いところへ」
 まるでピクニックに行く子供のように楽しげなカミューである。結局、そんな様子のカミューを見てしまっては、マイクロトフには断ることなどできないのであった。

「…あ、ほら、流れ星。…あ、まただ」
 本拠地から馬を走らせること数分、小高い丘の上で、2人は毛布にくるまって敷布の上に寝そべり、星空を眺めていた。
 グラスランドにいた頃、カミューは流れ星の時期になるとよくこうして星空を眺めていたのだという。マイクロトフはまた、今まで知らなかったカミューの意外な一面を見た気がした。
「年に何度か、流れ星のピークがあるんだ。そのうちのいくつかは、何年かに一度、通常の数倍、あるいは数十、数百倍もの星を降らせることがある。 特にこの時期のものは、うまくいけば一晩で信じられないくらいの流れ星を見ることができるんだ」
「見たことがあるのか」
「いや、残念ながら、まだない。子供の頃に、俺が大人になった頃にこの星は『星の雨』を降らせる、と聞かされたけど…」
 まだ一度も、そこまでのものは見たことがないな、とカミューはどこか遠くを見るような寂しげな表情で呟いた。
 マイクロトフは、実は流れ星はそれほどいいものだとは思っていなかったのだが、どうやらカミューは違うらしい。そうまでして、見たいものなのだろうか。それほどまでに、見る価値のあるものなのだろうか…。
「その、『星の雨』とやらは何だ? ああ、いや、何となく想像はつくんだが…」
「そのまんまだよ」
 カミューは、まるで流れ星をひとつも見逃すまいとするかのように、ずっと空を見つめ続けている。
「雨粒が何粒落ちてくるか、なんて、誰にも数えることはできないだろう? それと同じで、到底数えきれないほどの星が雨のように降ってくるんだ」
「見たことは、ないのだろう?」
 『星の雨』などという耳慣れぬものをまるで何度も見てきたかのように語るカミューに、マイクロトフが不思議そうに問い掛けると、カミューは、俺はないけど何度も聞かされたからね、と苦笑して肩を竦めてみせた。
「『星の雨』を見てきた先祖は大勢いるから。それを語り継ぐうちに、この時期のものはだいたい30年周期で雨を降らせることがわかっているんだ」

 それから二人はずっと、空が白み始めるまで夜空を眺め続けていた。寝そべって全天を見渡していると、絶え間なく、視界のどこかに流れ星が飛び込んでくる。 3個4個と立て続けに四方に散ったかと思えば、一度に4〜5個現れたりもする。一口に「流れ星」と言っても、明るいもの、暗いもの、長いもの、短いもの、あるいは、 夜空にくっきりと痕を残すものや末端で小さく破裂するものなど、様々な個性があり、見る者を飽きさせない。時間はあっという間に過ぎていった。
「…これほど多くの流れ星を見たのは初めてだ。俺は小さい頃、流れ星が流れる時は誰かが天に召された時だと聞かされていたから、その…何となく怖くて、あまり夜空を見ないようにしていたからな…」
「それなら、星の雨は、死者を悼む天の涙なのかもな」
「天の、涙……」
 帰り支度を始めて毛布をたたみながら答えたカミューの何気ない言葉に、マイクロトフははっとした。これまでは流れ星を死の告知者のように思って恐怖心を感じていたが、なるほど、 人の死を嘆く涙だとすれば、実は流れ星とは、人知の及ばぬ崇高なものなのかもしれない。マイクロトフは、俄に、流れ星への興味がわいてきた。
「その『星の雨』が最後に降ったのは?」
「俺が生まれる何年か前だったそうだ。ここ2〜3年、流れる星の数が増えてきてるし、だからそろそろだと思ったんだけど…今年も、違ったみたいだな」
 カミューは思った以上に流れ星に強い思い入れがあるらしい。マチルダに移り住んでからも、恐らく毎年、この時期には星空を眺めていたのだろう。その星空を見て、何を思っていたのだろう…。 遠い故郷のことだろうか。グラスランドでも、同じ星空が見えるのだろうか。
 マイクロトフは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 実際、カミューは何度か夜中に巡回の目を盗んで騎士団の宿舎を抜け出し、朝帰りをすることがあった。そのほとんどは女性との逢瀬であったのだが、何回かは、星、特に流れ星を見に出ていたのだ。
「今年になってお前を誘ったのはね…星の雨が降る時は、ぜひともお前と見たい、と思ったからなんだ…」
「カミュー…」
 カミューは、同盟軍に移り、マイクロトフと互いの気持ちに気付いてからのことを思い返していた。今までに出会った誰よりも大切な、絶対に手放したくない、常に共に在りたい存在…。 だが、俯き加減のその表情を、マイクロトフの位置から読み取ることはできない。
「俺が住んでいたあたりでは、流れ星に向かって願いごとを唱えると、その願いが叶う、という言い伝えがある。 雨のように降る星に願いごとをしたら、そのひとつひとつが願いを聞いてくれるなら、さぞかしご利益があるだろうと思ってね」
「一体、何をそんなに強く望んでいるんだ?」
「…秘密」
 星への願いごとは、やたらに人に話すものではないよ、と、悪戯っぽくカミューは微笑んだ。


 ――どんな時でも、この青騎士と共にいたい。この命の尽きる、最後の瞬間まで、傍らにいたい。多くは、望まない。それだけを、叶えてくれればいい。――


 薄明の中、城へと戻る二人の後ろで、星が一粒、一際明るく落ちていった。

元ネタは、他ならぬ「獅子座流星群」。やっぱりさ、アレを見ちゃうと、ヲトメ大爆発なものをかきたくなるよね(笑) 次々と流れて行く星を見ながら、何となく考えていた話です。 こういう話だと、普通は流星雨や流星嵐の中でいろいろロマンチックな展開になるんだろうけどねぇ(笑) やっぱヒネクレてんのかな、私。
今年の日本での大出現は全くもって見事でした。今までに見たどの流星群よりも。でも、平地で街灯もあったせいか、流星雨というには程遠かった。私も、一度は雨のように降る星を見てみたいものです…。
そんな私自身の期待もこめて。

そしてどんどんでっち上がってゆく、二人のマイ設定…(笑)

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