大切な日

「マイクロトフ、今日が何の日か、知っているかい?」
 部屋の中で、ベッドに寝転んで本を読んでいたカミューがいきなり話しかけた。
 机に向かってやはり本を読んでいたマイクロトフは、その声に顔を上げ、カミューに向き直る。
「…今日?」
「そう、今日。覚えているかい?」
 いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべるカミューだが、心なしか楽しそうに見える。
 はて、一体何の日だったか……。マイクロトフは考え込んでしまった。上機嫌なカミューを自分の不用意な失言で不機嫌のどん底に突き落としたことも少なくない。それどころか、カミューの求める答えを与えてやれずにカミューのへそを完全に曲げてしまったことも数知れず。
 マイクロトフは、嫌でも慎重にならざるを得ない。
 カミューの誕生日…そんなわけはない。カミューと出会って早10年、出会った当初から親友づきあいをしていたカミューの誕生日を忘れたことなどただの一度もない。
 だからと言って、自分の誕生日であるわけもない。となると………。
 しばらく考え込んでいたが、まるで心当たりがない。マイクロトフは焦り始めた。このままでは、またカミューの紋章に燃やされるかもしれない……。
 そんなだんだん深刻になってゆくマイクロトフの顔を眺めながら、カミューは可笑しそうに口を開いた。
「わからないのか? 降参するかい?」
「い、いや…もう少し、待ってくれ……」
 普段の自分の行いが彼にそんな顔をさせているとは夢にも思っていないカミューは、あまりに真剣なマイクロトフの様子に思わず吹き出した。この男はまったく、どうしてこんな些細なことにもいつもこんなに真剣なんだろう!
 そんなところが好きなんだよな…。
 愛しさに満ちた視線を向け、カミューは謎の答えを明かしてやった。
「わからないなら教えてあげるよ。今日はね…記念日だよ」
「…記念日?」
 てっきり怒鳴られると思っていたマイクロトフは、思いもよらぬカミューの言葉に、不思議そうに鸚鵡返しに言葉を返す。
「そう。ちょうど1年だ。俺とお前が、初めて互いの思いを伝え合った日……」
「あっ!!!」
 そこまで聞いて、ようやくマイクロトフもカミューの言わんとすることに気がついた。
 そう。1年前のこの時期、彼らはデュナン統一戦争に、「ゲンカクの子」シェイの率いるティミル軍の一員として参戦していた。そして1年前の今日、ティミル軍のリーダー、シェイは壮絶な戦いの末、一騎打ちによってハイランドのルカ・ブライトを打ち倒したのだ。
 そしてその晩…二人は自分の思いに気付き、互いに思いを伝え合った。互いが誰よりも愛しいと、いつまでも共にいたいと、いつも側にいてほしいと、互いが望んだ。そしてその結果、カミューは初めてマイクロトフに身を委ねたのだ。
 この日は、そんな記念すべき日だったのである。
「…すまない、カミュー。そんな大切な日を…俺はお前に言われるまで全く忘れていた」
 ベッドに歩み寄り、枕元に腰を下ろす。カミューも体を起こし、同じようにベッドに腰掛けた。
「謝る必要なんかない。俺だって、今の今まで忘れていたんだから」
 その言葉に、嘘はない。カミュー自身、本当につい先程、唐突に思い出したのだ。カミューでさえその有様なのだから、マイクロトフが思い出せずとも無理はない。
「しかし…お前といるのが当たり前のようになってしまっているせいか、俺は全く思い当たりさえしなかった。…これでは、お前に燃やされても文句は言えないな…」
 カミューの髪を弄びながら少し自嘲気味に言うマイクロトフに対し、カミューは口を尖らせる。
「何だい、その言い種は。それじゃまるで、俺がいつもお前を燃やしてばかりみたいじゃないか」
「あ、いや、そういうわけではなくてだな……」
「…いいよ、もう。それよりも…今日の記念日、どうしようか?」
 慌てて手を離し俯いて視線を逸らしたマイクロトフの顔を、カミューは下から覗き込む。その表情にはやはり、不機嫌そうな色は微塵もない。今日のカミューは、殊のほか上機嫌だった。
「そうだな…。ありきたりではあるが、どこかへ食事にでも行くか?」
「いいんじゃないか、ありきたりでも。お前とだったら、何だってかまわないよ、俺は」
「カ、カミュー………」
 笑顔でさらりと言われた口説き文句に、思わずマイクロトフは顔を赤くした。
「で…その後は?」
 笑顔のまま、尚もカミューは問いかける。
「そ、その後??」
「そう。その後。食事に行って、帰ってきたらどうする? すぐに寝るなんてわけでもないだろう?」
「ど、どうする、って……。それは…誘っているのか?」
 そう言いながら、今やそれが癖になってしまっているマイクロトフは、再びカミューの髪を掬い取った。そこに自分の手を重ねたカミューの瞳には、妖艶な色が浮かんでいる。
「おや、よくわかったね。今夜は…眠らせないよ」
「…どうだかな」
 そんなことを言って、いつも先に寝てしまうくせに…。
 普段のベッドの中での様子を思い浮かべて苦笑するマイクロトフ。その様子に、カミューは「やれやれ」といった調子で溜息をついた。
「まったく…。こういう時は『俺が寝かせない』って言ってくれなきゃ…」
「す…すまん…」
 思わず反射的に謝ってしまったマイクロトフに、今度はカミューが苦笑する。
「…まあ、そういうところも、好きだけどね…」
 更に何かを言い募ろうとするマイクロトフを遮るように、カミューはマイクロトフに口付けた。

 二人がこの記念日を忘れることは、もうないだろう。

…まぁ、幻水コーナーが1周年なので、二人の馴れ初め1周年な話を書いてみました。……でも、ルカ戦から1年も経ったらあの戦争終わってるよなぁ…。てことは、二人がいる場所はどこなんだろう…(笑) グラスランドのどっかなんだろうけど…。ねぇ。

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