真剣試合

「なあ、この中で誰が一番強いんだろうな」
 ふと、アンソニーがそんなことを言い出した。
 「この中」と言うのは、今ここにいる4人…我らが敬愛してやまぬ、赤騎士団長カミュー様より極秘任務を仰せつかって、とある人物の調査をしている我々のことだ。
「一応さ、カミュー様から見込まれてここにいるわけだろ。だからみんなそれなりに腕は立つんだろうけどさ。実際どのくらいの腕前なのかって、見たことないし」
 それは尤もだ。確かに、剣の腕やその他の諸々を見込まれて極秘任務を仰せつかっている。だが、互いに初めて顔を合わせて以来、一度も真剣勝負の場に遭遇したことがない。
 …いや、アンソニーだけはお節介で手を出して、負わなくても良い怪我まで負っているのがしょっちゅうだが。
「……ベンジャミンはダメだな。『彼』と遭遇した時、ヒザが震えて止まらなかったもんな」
 ニヤリとアンソニーが言い放つ。
「うるせー! お前だって似たようなもんだっただろうが! 冷や汗びっしょりだったくせに!」
 ベンジャミンが負けじと反論する。本当にこの二人はいいコンビだ。
「なんでいきなりそんなこと気にするのさ?」
 これはエリック。その疑問はもっともだ。私もぜひ理由を聞いてみたい。
「だってさ…。いつも一緒にいる仲間の実力を知らないってのも、変な話じゃないか? いざと言う時、それぞれがどの程度まで自分で対処できるのか全くわからないってのもさ」
 …なるほど。そういうことか。
「ベンジャミンはさ、同期で早いうちから一緒だったから、だいたいわかってるんだけど…俺はクリストファーとエリックの剣を全く知らない」
「それを言ったらオレだってそうだな。アンソニーはよくキレるからよく見てるけど」
 「何だと!」とエリックに突っかかるアンソニーを、ベンジャミンが頷きながら面白そうに眺めている。
「…試してみるか?」
 徐に口を開いた。3人の視線が一気に私に集中する。
「私もお前達の実力は正確に知っておきたいと思っていた。カミュー様の目を疑うわけではないが、いざという時に自分の身を自分で守れないようでは困るからな」
 …この言い方では、私は余程自分の剣に自信があるようだな…。…まあ、あながち自惚れというわけでもない。何しろ、私の同期には二人の団長、カミュー様とマイクロトフ様がいた。皆、二人を目標に、剣の腕を磨いていたのだ。二人には敵わなくとも、やたらな者には負けない自信があった。
 案の定、3人は顔を見合わせている。そしてやはり、最初に口を開いたのはアンソニーだった。
「…じゃ、お手合わせ願おうか」

 見習いの頃、よく模擬戦の試合が行われていた。聞くと、3人とも上位15人には入るだけの力を持っていたらしい。私の成績も似たようなものだ。…くじ運さえ良ければ、もう少し上にいけたかもしれない、という自負はある。そこに行くまでに、何故か毎回、カミューかマイクロトフのどちらかと当たってしまっていたのだ。あの二人と当たってしまっては、もうそれ以上の勝ち目はない。
 一応、万が一のことを考え、刃をつぶした模造刀を携えてアンソニーと対峙する。こういうのも久しぶりだ。試合には、独特の緊張感がある。
 …だが。
「アンソニー。最初に言っておく。これを『試合』だと思うな。戦場だと思って戦え。負ければ死ぬ。そのぐらいの心づもりで戦うんだ。いいな。今から、私はお前の敵だ」
「…わかってる」
 …本当にわかっているのだろうか。アンソニーとベンジャミンは私の4年下、エリックは6年下になる。このぐらいになると、戦場での経験が皆無とは言わないが、絶対的に経験不足であるのは否めない。いざという時に生き残れるかどうか。それには、経験が大きく左右する。まして、我々は…この先、大きな戦いを控えている。相手は、かつての仲間たち…マチルダ騎士団。その時に、躊躇せずにかつての同胞を斬れるかどうか。そこでの「経験の差」は、大きい。
 この「試合」には、それだけの心構えをしてほしい、という狙いもあった。
「わかっているのならいい。…いくぞ」

 金属音が響き渡る。なるほど…確かに筋はいい。腕力があまりない私と違い、彼の剣は重みがある。命中すれば、そのままダメージの差につながるだろう。…命中すれば。
 まだ、足りないものがある。
 キン……
 乾いた無機質な音。アンソニーの剣を払い落とし、自分の剣を彼の喉元に突きつける。彼は、何が起こったかわからないといった風に茫然としている。
 …だろうな。
 簡単なフェイントだ。何の捻りもない。それにあっさり引っかかるとは…。
「…本気でやれと言ったはずだ」
 敢えて冷たく言い放つ。
「これが戦場なら、お前は死んでいるぞ」
 アンソニーは何も答えない。
 その場を離れ、自分の愛剣を拾いに行った。その剣を、鞘から抜き放つ。
 その場の空気が変わったのがわかった。見ていただけのベンジャミンもエリックも、目を丸くしていることだろう。…当然、アンソニーも。
「…抜け。そんな程度ではダメだ。負ければ死ぬつもりで戦えと言ったろう。私はお前の敵だと、そう言ったはずだ。怪我をさせたり殺してしまったりしたらどうしよう、とでも思っているのか? 自惚れるな。…殺すつもりで来い」
 そう言って剣の切っ先を向けてやると、明らかにアンソニーの目の色が変わった。…そうだ。本当の戦のつもりで向かって来い。
 そして今度は、互いに真剣を構えて、向き合った。

 先ほどとは明らかに剣の勢いが違う。だが…まだ甘い。確かに力はある。身のこなしもいい。しかし、荒削りだ。恐らくは…無意識なのだろうが、急所に拘りすぎているのだろう。生い立ちを詳しく聞いたことはないが…過去に覚えた戦い方は、急所を狙って一撃必殺で仕留めなければならないものだったのだろうな。
 だが、それは騎士の戦い方ではない。その騎士の剣でこなせるものではない。余計に体力を奪われるだけだろう。
 …そろそろ、勝負をつけてやるか。
「!!」
 足を取られて、バランスを崩した。…フリをした。…思った通り、単純なヤツだ。ここぞとばかりに踏み込んでくる。お前の弱点は、そこだと言うのに…。
 彼の剣が私の胸元に到達する前に、思い切り剣を叩きつけた。ガキッ…という音と共に、剣が舞い上がる。その剣が地面に突き刺さる頃には、私の剣はアンソニーの首筋をぴったりと捕らえていた。
 少し皮膚を切ったらしく、赤い筋が剣の刃に沿って伝っている。
「勝負あり、だな」
「……………」
「これが実戦なら、お前は既に二度死んでいるぞ」
「……っ………」
「確かにお前は強い。私より腕力もある。だが、荒削りだ。それに、何より…お前の剣には甘えがある。相手が私だから…負けても自分が死ぬはずがないとでも思ったか? 甘い! 言っておくが、私はこの剣をお前の首につきつける瞬間まで、その首を刎ねるつもりでいた」
 …これは嘘だ。初めから、寸止めをするつもりでいた。尤も、切ってしまったのは予定外だが…そんなことまで言ってやる義理はない。
「そんなだから、負わなくていい怪我まで負うんだ、お前は。身代わり地蔵があるから安心しているのか? そんなものを過信していたら、本当に死ぬぞ、お前」
 身代わり地蔵があれば、確かに安心感はある。だが、それを使ってしまった瞬間と言うのは、案外自分でもわからないものだ。使ってしまったことに気付かずに「1回くらい大丈夫」などと思っていては、本当に命を落とすことになる。
 そこまで言って、ようやく剣を退いてやった。血を拭き取って、元通り鞘に収める。
 言葉を失ってしまっているベンジャミンとエリックに向けても、言い放つ。
「経験を積むまでなんて、敵は待ってくれない。なら、例え模擬戦であっても、実戦のつもりで戦え。少しでも、生き延びる可能性を増やしたいのならな」

 そのまま、アンソニーはどこかへ行ってしまった。思うところがあるのだろう。これでしっかり、気合を入れ直してくれれば私としては何も言うことはない。
「…ねぇ、クリストファー」
 エリックが、おずおずと話しかけてきた。
「それだけの実力があって、どうして平騎士のままなのさ? お前ほどの腕だったら、隊をまるごと1個任されてもいいくらいなのに…」
 …どう答えたものか、少し迷った。
「…私は…出世してはいけない人間なんだ」
「出世してはいけない、って……どうして」
「……聞かない方がいい。知らない方が身のためだ。知らない方がいいこともある」
 …これには、事情がある。今更人に知られてどうということはないが、敢えて言いふらそうとも思わない。話してもいいと思う時期が来たら話そうか、とは思うが…話さずにすむのなら、それに越したことはないと思っている。
 エリックは、それ以上は聞いてこなかった。

 もうすぐ、マチルダへの侵攻の日が迫っている。

クリストファーの一人称。コイツは、カミューさんと同期の赤騎士で、まあ…いろいろあって出世街道から外れてるんですな。
そして、状況的には、マチルダ侵攻の少し手前くらい。
…どうやら、自分の中ではクリストファーはダントツに強いらしいです。…そしてソレよりも遥かに強いカミューさんマイクロトフ………。お、恐ろしい………(笑)
コレを書きたいと思ったきっかけが某テニス漫画の部長だなんて、そんなことは決して言えない。

戻る