桜の夜の悪夢:1

春、桜の季節。今年はどういうわけか春が早い。桜も早い。
その、早すぎる桜が、全ての悪夢の始まり………。


 一人の青年が、桜並木の中を歩いていた。青年の名はアンソニー。歳は23。栗色の髪と瞳を持ち、いわゆる「美形」ではないが、「ハンサム」と言って良い、なかなかに整った顔立ちをしている。彼は、この都市同盟に参加する前は、マチルダ騎士団の赤騎士団に所属していた。赤騎士団長であるカミューと青騎士団長であるマイクロトフが離反を表明した際、一も二も無く彼らに同行することを決めた、熱烈な「カミュー信者」の一人でもある。
 当時はただの一騎士に過ぎなかった彼ではあるが、数ヶ月前、どういうわけかカミューから直々に極秘任務を仰せつかった。カミューが彼の何を見込んだのかは不明だが、諜報員として、とある人物を見張るように命ぜられたのである。
 その人物の名は、ナッシュ・ラトキエ。ハルモニア出身で、彼自身が都市同盟に入り込み情報収集をしているようなのだ。都市同盟にとっても、ハルモニアは未知の存在。
「得た情報の一切は、他言無用。破った場合はもちろん…任務の最中にどのような身の危険が迫ったとしても、君の命は保証できない。それでもやってくれるかい?」
 敬愛する団長直々に言われては、多少条件は悪かろうとも、彼には断る理由など無い。
「はっ! 謹んで、拝命いたします!!」
 最高の礼をもってそう返事をした彼に、カミューはにっこりと微笑んで、「期待しているよ」と言ったものだ。そう言っておけば、自分の全てを賭けて彼に尽くす人間がいることを、カミューも熟知しているのだった。

 それから三月も経つ頃には、諜報員は6人に増えていた。うち、アンソニーを含む3名がナッシュの担当である。二名の同僚の名は、ベンジャミンとクリストファー。ベンジャミンはアンソニーと同期であり、入団の頃から親しく、よく二人でふざけ合ったりしていた仲だ。もう一人、クリストファーの方は、カミューの同期生である。複雑な過去を抱えているらしく出世とは縁遠いが、実力の程は確かなようだ。特にナイフ投げの腕には、定評がある。
 人員が3人に増えてからは、報告書の提出も交代で行くようになった。当初は、カミューと会う機会が3分の1に減ってしまうことにもクリストファーの堅物ぶりにも不満の多かったアンソニーだが、最近では「一人孤独に見張っているよりも、話し相手がいた方がいい」と二人を歓迎している。
 だが、この3人。諜報員としては少々問題がある。ナッシュ本人に、存在がばれているのである。正確には、ナッシュ本人ではなく、彼自身が作り出した「闇」の部分のナッシュに、ではあるが、ともかく、その「闇」の部分が表に現れた時には、どこに何人潜んでいるかが、バレバレなのである。
 …もっとも、そんな事実も、「闇」のナッシュは多少気にしてはいるようだが、任務を命じたカミュー本人が全く問題にしていないようなので、命を受けた部下たちにとっては更に知ったことではない。彼らは、尊敬してやまない麗しの赤騎士団長のために、せっせとナッシュの行動を報告書にまとめるのみである。

 桜並木を歩いていたアンソニーは、報告書を提出しに行った帰りだった。例年よりあまりに早い春の訪れは、この地がマチルダより南に位置することだけが理由ではないらしい。耳に入れた限りでは、世界的に、今年は春が早いようだ。慣れたものとはあまりに違う季節の巡りに少々戸惑いつつも、やはり全てが芽吹き新たな生命が躍動する春というのは悪い気はしない。
(何とか時間を作って花見をしたいものだ…)
 そんなことをぼんやりと考えながら、アンソニーは、ついでに花見にいい場所はないものかと下見がてら花吹雪の舞う中を歩いていた。
 桜の花は、既にほぼ満開である。だが、自分達の任務の性質上、のんびりと羽を伸ばすことなどなかなかできない。それでも、思うだけなら自由だ、とばかり、彼は実現困難な宴会に思いを馳せていた。
 …酒と食べ物を山ほど用意して、皆で夜桜でも見ながら……そう言えば、やはり近頃この辺りに現れる「トランの英雄」と呼ばれるアリア・マクドールも、自分達を花見に誘ってくれたのだった。料理の得意な彼のこと、きっとたくさんの弁当を作ってきてくれるのだろう…。
 自分の考えに没頭するあまり、彼は周りへの注意を全く払っていなかった。そのため、普段であれば問題なく気付くはずの気配に、この日はひときわ見事な桜の木の側に来るまで、全く気付かなかった。

お友達の里見嬢のサイトのカウンターにて逆リクエストを食らってしまい、こんな話を書くハメに…。しかし…いいのか、こんな内輪ウケな話で……(苦笑) まぁ、本人が読みたいって言ってんだから、いいんだろうな……。
ちなみに、チャットの展開ほぼそのまんまに書いてみようと思ってます。登場人物は…ちょっと割愛したいカンジもするんですが。ついでに、ここまでで、まだチャットの最初の発言に辿り着いていません(笑) どうなの、ソレって……。

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